揚げパンの思い出

久しぶりのネイル。毎回ホットペッパー頼りに安いところを訪れる。毎度違うネイリストさんと、なんと中身のないうっすーい話をしているのだろうと、爪を削られながら思う。昨日のネイリストさんとの話題は小学生時代の給食について。いかにも、中身のなさそうな話である。そして恐らく、ネイリストさんと私の間には20歳以上の歳の差があったに違いない。話しているうちに「私が小学生の頃は」という言葉を発するのが恥ずかしくなった。唯一共感できたのは、「揚げパンが好きだった」ということだ。ネイリストさん曰く、揚げパンの日はなんでも頑張れたのだそうだ。かわいいなぁ、小学生って。令和の時代においても、揚げパン人気は衰えない。小学2年生になった息子の一番好きな給食メニューも揚げパン(きなこパン)だ。学校のアンケートでもやっぱり、きなこパンが一番なのだそう。そんなきなこパンに、私には忘れられない思い出がある。あれは私が小学6年生だった時のこと。6年生と言えばもう、見た目や人の目を気にするお年頃である。ちょっと触れただけで砂鉄のように指にくっつくきなこが嫌で、きなこパンを食べる時にはティッシュを巻いて食べるのが当時の女子の在り方だった。とは言っても、家で食べることがあれば、そんなティッシュなど巻かずに素手でガブガブ食べていたのだろうけど、男子がいる手前、最大限に女子ぶっていたのだと思う。その日は(どころかきっと毎日)あいにくティッシュを持参しておらず、クラスの誰かに貰わなければいけなかった。後ろの方の席に、いつも明るくて優しいレンという女の子がいた。「いただきます」のあと、きなこパンを一口程度食べたところであっただろうレンに「ティッシュちょーだーい」とお願いしたところ、その忘れられない出来事は起きた。右手にきなこパン、左手にティシュを持った彼女は「はーい!」と言って私のお願いを嫌な顔一つせず、すぐに投げてくれた。右利きだったのかな、飛んで来たのはきなこパンだった。しかも私の所とは全然違う場所に着地した。レンはただ「誰にともなくきなこパンを投げた少女」になったのだ。「間違えたー!」レンの慌てる顔を今でも覚えてる。私はと言えば、笑いが止まらなかった。30年経った今思い出しても、ふふふとなる当時の光景。もしかしたらレンも、きなこパンを思えばその日一日頑張れた子だったかもしれない。そんな彼女からきなこパンを奪ってしまった当時の私は果たして、自分の分を彼女に分け与えるくらいの気を利かせたのだろうか?ボーッと生きてた人間だから、そんな優しいことしてあげられなかったんだろうなぁ。いつかまたレンに会うとなった日には、我が母校の大学で売っている美味しい揚げパンをたくさん買って行ってあげよう。きなこパンもいいけど、大人になった今、シナモンパンとコーヒーの組み合わせは最強だ。あぁ、お腹が空いてきた。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

      私が書いています✍️

神奈川県出身。
夫と2人の子供と4人暮らし。
スペインに約1年間滞在した経験があり、ピソでの各国からの友人たちとの生活は、今思えばまるで映画の中のような世界でかけがえのない時間となった。しかしあの時必死で身につけたスペイン語はいつの間にか風に吹かれて消えていった。今となってはあの1年が壮大な妄想だったのではないかと思い始めている。信頼と語学力は努力を怠れば一瞬で消え行くのである。
40代に突入し身につけた特技と言えば、簡単に2キロ太れるというどうしようもないもののみ。
人生の一冊は『Jimmy』。もしも人生を悲観する日が来たら再び手に取ろうと決めている。

目次