「生」の魔力

人はなぜ「生」に反応するのだろうか?「生」と付いただけで、その魅力が何倍にも増すのはなぜだろう?生チョコ、生牡蠣、生放送…。昨日私は友人と鎌倉は長谷寺近郊で、例によって「生」という文字に心踊らされたのだ。行き交う人や車で混み合う道路の向かい側に「生もなか」の文字を見つけてしまったが最後、一人の友人は「絶対食べる!」とブンブン車が通る道路を横断する気満々である。生もなかはすぐそこなのに、なかなか途切れない車によって、辿り着けない。やっと信号で車が止まり、車の間をぬって私たちは無事「生もなか屋さん」にたどり着いた。その間、私たちの頭の中には「もなかが生ってどういうこと?」が何度も浮かび上がるのだ。もなかのメニューは、四〜五種類くらいだっただろうか?私は「栗あんもなか」と迷った末、シンプルに「あんもなか」にした。支払いは現金のみ。レジ横に飾られる、ジブリのキャラクターたちと店内の音楽が見事にマッチしている。カオナシと江ノ電のコラボの可愛さにパシャパシャとカメラを向け続ける。そうこうしている間に、いよいよあんもなかが私の手元にやってきた。あんこがひんやり冷たい。三人で「美味しそ〜」と言いながらお店の外に出る。駐車場まで徒歩三分くらいの道を、右手にホットコーヒー、左手にあんもなかを持って歩いた。そして私たちは口々に「『生もなか』は何が『生』なんだろうね?」と言う。「生」が何なのかわからなければ、お店の名前もわからない。とにかく私たちは「生」を欲望のままに求めたのだ。ただの「もなか」だけではきっと通り過ぎていただろう。やっぱりそこに「生」の文字があったから欲しくなったのだ。恐るべし「生」の魔力…。そして私たちは、生もなかと普通のもなかの違いについに気づくことなく、コーヒーと共に全てを胃袋に流し込んだ。「おいしかったぁ〜」結局は、美味しければ何でもいいのだ。そういうもんなのだ。 ※ちなみにお店は「鎌倉 弁天堂」さんでした

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

      私が書いています✍️

神奈川県出身。
夫と2人の子供と4人暮らし。
スペインに約1年間滞在した経験があり、ピソでの各国からの友人たちとの生活は、今思えばまるで映画の中のような世界でかけがえのない時間となった。しかしあの時必死で身につけたスペイン語はいつの間にか風に吹かれて消えていった。今となってはあの1年が壮大な妄想だったのではないかと思い始めている。信頼と語学力は努力を怠れば一瞬で消え行くのである。
40代に突入し身につけた特技と言えば、簡単に2キロ太れるというどうしようもないもののみ。
人生の一冊は『Jimmy』。もしも人生を悲観する日が来たら再び手に取ろうと決めている。

目次