好きを仕事に

高校生の頃、私はセンスのない女だった。ただ背が高いだけ、ただ髪をセットしてかっこいいだけ。よく見れば、よく考えれば、なんにもかっこよくねーじゃん。っていう隣のクラスの男子を好きになった私は、本当にセンスのかけらもない女だった。
目立つことなく、物静かだった中にも大きな夢に向かって闘志を燃やす同じクラスのあの彼に、なぜ私は、いや、A組の女子たちは、いや!全学年の女子たちは目を向けなったのだ!高校生とは、ろくでもない男に惹かれる年頃なのである。
昨日私は、43歳にして初めてのプロレス観戦デビューを果たした。その目的は、クッシーを応援するため。新日本プロレスに所属するKUSHIDAこそ、物静かだったあの彼なのだ。
昨日は忙しい一日だった。バタバタと一つ一つのタスクを片付けながらも、どうしても読みたい本があった。『ピアノ調律師』という65ページしかない本。薄くて、字も大きいからすぐ読める。そう思って子供を迎えに行くまでに急いで読んだ。幼稚園の役員やらで仕事のない日は予定をぎゅうぎゅうに詰めている。そんな中わずかながらも久しぶりに家で過ごす時間に読んでおきたかった。
デビー・ワインストックは両親を亡くし、おじいちゃんに引き取られた。おじいちゃんであるルーベン・ワインストックはピアノ調律師で、その腕前は世界一と評されるほどである。そんなおじいちゃんの仕事を傍で見ているうち、デビーはピアノ調律師を夢見るようになる。調律に必要な道具も音の取り方も全てわかる。無いのは最新の道具と、経験だけ。ついにはおじいちゃんを真似てご近所さんのピアノを勝手にチューニングしてしまった。それほどまでに、デビーは調律師になることを強く望んでいる。ピアノ調律師になりたくてなりたくて仕方がないのだ。
クッシーの登場前、スクリーンには彼の幼少期の映像が映し出された。プロレスラーを真似る幼い頃のクッシーが、奇しくもおじいちゃんを真似るデビーと重なる。プロレスラーになる事を夢見た少年は今、夢を叶えてリングに立っている。と言っても昨日の試合は、リングに上がる前から予想外の展開で、あれよあれよという間に私たちの前から姿を消した。リアル?演出?横並びに見ていたプロレス初心者の私たちの頭には??がプカプカと浮かぶ。試合後、ぴんぴんした彼は「次はもっとちゃんと仕事する時に…」と笑いを誘い以前手にしたチャンピオンベルトを見せてくれた。ベルトはずっしりと重く、きっとそこにいた友達みんなが憧れた。ベルトにではなく、夢を現実にしたクッシーに。
「人生で自分の好きなことを仕事にできる以上に幸せなことがあるかい?」デビーには調律師ではなく、ピアニストになってほしいと願っているおじいちゃんに向けて、ある偉大なピアニストが投げた問い。思わず付箋を貼ったその問いの答えは、昨日見たクッシーの姿によってより明確になった。
『ピアノ調律師』とクッシーの試合。とにかく人生というものを考えさせられた日となった。
YOLOがYou Only Live Onceだと知ったのも昨日他の選手のスクリーンで。BTSがヨロヨロヨロヨロ歌ってたのって、これのことだったのか。
一度きりの人生で、好きを仕事にできるって、やっぱり憧れちゃうなぁ。

入場口で裏返しの状態で手渡された選手のステッカー。私ともう一人の友達は見事クッシーを引き当てた!ひゃっほー!
プロレスという新境地に足を踏み入れた昨日、0時を回ってもなかなか寝付けなかった。

ピアノ調律師 (末盛千枝子ブックス) [ M.B.ゴフスタイン ]
価格:1,980円(税込、送料無料) (2026/5/22時点)
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

\ 私が書いています /

神奈川県出身。
夫と2人の子供と4人暮らし。
20代の頃スペインに約1年間滞在した経験があり、ピソでの各国からの友人たちとの生活は、今思えばまるで映画の中のような世界でかけがえのない時間となった。しかしあの時必死で身につけたスペイン語はいつの間にか風に吹かれて消えていった。今となってはあの1年が壮大な妄想だったのではないかと思い始めている。信頼と語学力は努力を怠れば一瞬で消え行くのである。
心に残る本は『Jimmy』。もしも人生を悲観する日が来たら再び手に取ろうと決めている。

目次